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わが国ではじめての分類体百科事典として知られる倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)
(承平年間931〜937年、1050年前)に「蒟蒻文選蜀都賦注云、蒟蒻其根白、以灰汁煮則疑成。以苦酒淹食之。蜀人珍焉。」というのがあります。訳すれば「蒟蒻、文選の蜀都賦の注に云う、其の根は白く、灰汁をもって煮れば、すなわち疑成す、苦酒をもってひたし、これを食す。蜀人これを珍とす。
(注1) 「蜀都賦」(しょくとのふ)は中国の西普時代の詩人、左思(250〜305年)の有名な詩。
(注2) 「苦酒」は酢のこと。
以上の文献から3世紀の頃、中国において作られていたことになるが、司馬遼太郎の街道をゆくによれば、中国各地でこんにゃくについて聞いて廻ったが、どこでも知らないといわれた。ただ四川省の一部で僅かに食べられているとのことであったが、確認はできなかったとされており、一般では全く食べられておらず、中国の辞書にも「蒟蒻」という字は今はないと書かれています。 |